菊間町のお祭りが明日の未明から始まります。
今年は、御輿を新調したそうです。
「お供馬の走りこみ」という祭ごとは平安の昔、京都賀茂の雷神社(きょうとかものいかずちじんじゃ)で行われていました。当時は「競馬会(くらべうまえ)」と言われており、その「競馬会(くらべうまえ)」に、今治市菊間町(当時「菊万」と呼ばれていた)が馬を奉納したことにより今治市菊間町でも行なわれるようになったと言われております。今から約500年ほど昔より、家内安全、五穀豊穣を祈願する菊間祭で行われていました 正装された馬に、お祭り用の蔵や装飾具をつけ6歳から15歳ぐらいまでの子供が「乗子(のりこ)」となり鳥居の所から境内までの約300mを一気に駆け上がります。
http://www.go-shimanami.jp/shisetsu/kikuma/005.html
張り替え完成。
お隣さんもお願いします。
明日も、頑張ります。
電信電話記念日
電信電話記念日(でんしんでんわきねんび)は、1869年10月23日(旧暦明治2年9月19日)に、東京〜横浜間の電信線架設工事に着手したことにちなむ記念日。10月23日。
1950年5月に当時の電気通信省が制定した。元々前身の逓信省においては逓信記念日が制定されており、逓信記念日は4月20日という日付自体は郵便事業の創業にちなんで選定されたものだが、記念日事業は電信電話を含む逓信事業全体を包括するものだった。ところが、1949年6月に従前の逓信省が郵政省・電気通信省の2省に分離した際に逓信記念日の4月20日は郵政記念日として郵政省に受け継がれたので、電気通信省独自の記念日が望まれるようになり、電信電話記念日が制定された。
当初は電気通信省の省名にあわせて電気通信記念日と称しており、1952年8月の日本電信電話公社移行後もそのままだったが、電信電話の呼称が次第になじんできた1956年からは日付は10月23日のままで電信電話記念日と改称された。
昨日に引き続きプリント張りです。
第一次世界大戦後、1920年代のアメリカは大戦への輸出によって発展した重工業の投資、帰還兵による消費の拡張、モータリゼーションのスタートによる自動車工業の躍進、ヨーロッパの疲弊に伴う対外競争力の相対的上昇、同地域への輸出の増加などによって「永遠の繁栄」と呼ばれる経済的好況を手に入れた。
1920年代前半に既に農作物を中心に余剰が生まれていたが、ヨーロッパに輸出として振り向けたため問題は発生しなかった。しかし農業の機械化による過剰生産とヨーロッパの復興、相次ぐ異常気象から農業恐慌が発生。また、第一次世界大戦の荒廃から回復していない各国の購買力も追いつかず、社会主義化によるソ連の世界市場からの離脱などによりアメリカ国内の他の生産も過剰になっていった。
また、農業不況に加えて鉄道や石炭産業部門も不振になっていたにもかかわらず投機熱があおられ、適切な抑制措置をとらなかった。アメリカの株式市場は1924年中頃から投機を中心とした資金の流入によって長期上昇トレンドに入った。株式で儲けを得た話を聞いて好景気によってだぶついた資金が市場に流入、さらに投機熱は高まり、ダウ平均株価は5年間で5倍に高騰。1929年9月3日にはダウ平均株価381ドル17セントという最高価格を記録した。市場はこの時から調整局面を迎え、続く1ヶ月間で17%下落したのち、次の1週間で下落分の半分強ほど持ち直し、その直後にまた上昇分が下落するという神経質な動きを見せた。
接着剤の効果がなくなって合板自体が剥離しています。
ほとんどの物件がこの状態になっています。
白蟻による食害だと、かなり費用がかさみますが
このような状態だと?u3,800円から施工できます。
6畳間で42,000円からです。
皆さまのご自宅に、住所や名前を書き間違える等、ポストに投函されなかった切手付きの郵便ハガキ(書きそんじハガキ)は眠っていませんか。
日本ユネスコ協会連盟は、教育の機会に恵まれなかった人びとのために、この「書きそんじハガキ」を回収し、「世界寺子屋運動」の募金として役立てています。
皆さまのご協力をお待ちしております。
くわしくはこちら
この現場、施主さんが月に一度位しかこの家には
帰ってこないそうです。
結構年配の方なので、2階には当分あがっていなかったようです。
大本の原因は、瓦が割れていたからなのですが、
施主さんは、本瓦だから屋根のことなど心配していなかった。
結構、日本瓦でも焼きが甘かったり又焼き過ぎていたり年がたつと
真っ黒に変色してまだら模様になっている場合は、要注意ですね。
皆さんも、注意して観察して下さい。
トイレの日
「11(いい)10(ト)イレ」ということで、日本トイレ協会が1986(昭和61)年に制定しました。
同協会はこの日に「トイレシンポジウム」を開催し、公衆トイレを対象とした「グッドトイレ10賞」や「トイレレポートコンクール」の表彰などを行っています。
細工が入った壁角飾り壁の塗り替えです。 著としたことだけど縁取りを入れるだけで、ずいぶん豪華に見えます。左官さんは、乾く間かいるので手間は掛かりますが、良い物です。
| 漆は遠い昔から使われてきましたが、「うるしの製法」「漆器の製造法」は、文徳天皇*の第一皇子惟喬親王が、いまだ完全でないのを憾みとせられ、京都嵐山法輪寺に参篭され、本尊虚空蔵菩薩より御伝授、御教示を受けて完成し、日本国中にひろめたものといわれており、塗りをする場合に使う継ぎ漆を「コクソ」というのは、虚空蔵から転化したものだといわれております。 このようなことから、親王はその御霊験を深く感謝され、「我が法輪寺(うるしでら)盛んなれば、漆業もまた盛んになるべし、若し我が寺衰うるときは漆業も衰うべし、ゆめおろそかにすべからず」と御遺戒されました。 漆関係者は、親王が参篭*された満願の日である十一月十三日に法恩講(俗に”漆まつり””焚火祭”)を設けて、供養するのがならわしとなっております。 この由緒ある十一月十三日を「うるしの日」と定めた次第であります。 |
| 出典/「やさしく身につく漆のはなし」 (社)日本漆工協会 |